DAVIDE|ダビデとは

DAVIDE|ダビデとは

DAVIDEは、ジュエリーブランドではありません。

少なくとも、私はそう考えています。

もちろん、私たちはプラチナを扱い、指輪や装身具を製作します。

しかし、私が作りたいものは、金属そのものではありません。

私が作りたいのは、人が生きる中で抱え続けるものを、形として残す行為です。

人は皆、何かを守りながら生きています。

家族かもしれません。

願いかもしれません。

誰にも語ることのない祈りかもしれません。

けれど、それらは目には見えません。

日々の忙しさの中で、いつしか人は、自分が何のために進んでいるのか、見失ってしまうことがあります。

私は、それを残したいと思いました。

忘れないために。

立ち返るために。

身につけるために。

その器として選んだのが、プラチナです。

プラチナは派手ではありません。

黄金のように、自らを誇示することもありません。

静かで、重く、変わりにくい。

私は、その性質に惹かれました。

美しいからではありません。

耐える素材だからです。

長い時間を受け止める素材だからです。

人の祈りや願いを宿す器として、これ以上ない素材だと考えています。

そして、DAVIDEという名。

この名は、旧約聖書に登場するダビデに由来しています。

私が惹かれたのは、王としてのダビデではありませんでした。

羊を守る、一人の羊飼い。

詩を紡ぎ、竪琴を奏で、静かに祈る者。

心優しき者でした。

しかし同時に、

守るべきもののためには獰猛となり、

戦い、

人々を導いた者でもありました。

そして彼は、戦いの中でなお、詩篇を綴りました。

恐怖の中で。

葛藤の中で。

悲しみの中で。

打ち勝つ力を求めるために。

私は、その姿に人間の強さを見ました。

強いから戦うのではありません。

恐れがないから進むのでもありません。

恐怖や葛藤を抱えながら、

それでも守るために立ち続ける。

その姿に、美しさを感じました。

だからDAVIDEには、一つの思想があります。

守るべきもののために。

獰猛であれ。

これは、攻撃性の話ではありません。

誰かを傷つけるためでもありません。

生きること。

耐えること。

立ち続けること。

そのために必要な獰猛さです。

私は、それを肯定したいと思っています。

そしてDAVIDEは、

言葉を自由に刻むブランドではありません。

DAVIDEが宿すのは、

ダビデが綴った詩篇です。

戦いの中で生まれた祈り。

恐怖の中で綴られた言葉。

弱さの中から生まれた詩。

その詩を、プラチナに宿します。

身につけるために。

忘れないために。

立ち返るために。

ここは、完成された思想を語る場所ではありません。

ブランドの正解を書く場所でもありません。

私は今も考えています。

今も迷っています。

作りながら変わっていくかもしれません。

この場所には、その過程も残していこうと思います。

完成した言葉だけではなく、

戦いの中で考えたこと。

恐怖の中で感じたこと。

葛藤の中で選んだこと。

そうしたものも含めて。

もし、この文章を読んだ誰かが、

少しだけ立ち止まり、

自分は何を守ろうとしているのか。

そう考えるきっかけになったなら、

DAVIDEは、すでに始まっているのかもしれません。

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