なぜDAVIDEはプラチナなのか

なぜDAVIDEはプラチナなのか

なぜDAVIDEはプラチナなのか。

DAVIDEがプラチナを選ぶ理由は、二つある。

「純粋さ」と「永遠性」である。

DAVIDEにとって、これは単なる素材選びではない。

必然なのである。


ダビデは、純粋で繊細な心を持つ者であった。

その心から生まれた詩は、今もなお人々の心に残り続けている。

DAVIDEが選ぶプラチナ、PT950。

その純度95%という純粋さに、私たちはダビデの心を重ねている。


そして、ダビデが残した詩篇は、「永遠」の存在に向けられた詩である。

時代が変わっても、人が変わっても、その言葉は残り続けている。

永遠なるものへ向けられた詩。

その思想を形にする素材として、DAVIDEにとってプラチナは不可欠であった。

純粋であること。

永遠であること。

その二つを求めたとき、プラチナ以外の選択肢はなかった。


富を象徴するゴールドではない。

混じり気のあるホワイトゴールドでもない。

時間とともに劣化してしまうシルバーでもない。

DAVIDEが求めているのは、単なる「白い金属」ではない。

純粋であることそのものである。


だからこそ、DAVIDEはロジウム処理を許さない。

高級ブランドでは、プラチナをより白く、美しく見せるために、ロジウム処理を施すことがある。

しかし、DAVIDEが求めるのは、加工によって作られた白ではない。

ありのままのプラチナである。

プラチナそのものが持つ色。

プラチナそのものが持つ質感。

そのすべてを、そのまま受け入れる。

何かを加えて、より白く見せる必要はない。

何かを纏わせて、価値を高める必要もない。

ありのままのプラチナこそが、DAVIDEのプラチナである。


そして、DAVIDEはダイヤモンドをはじめとする宝石も受け入れない。

宝石には、それぞれの美しさがある。

しかし、その価値には、人間が定めた基準や価値観が入り込む。

希少性。

大きさ。

色。

透明度。

評価。

DAVIDEが追求する「純粋さ」は、そうした人間の基準によって装飾されるものではない。

だから、DAVIDEは宝石を使わない。


プラチナ、PT950だけで作る。

それがDAVIDEの選択である。

純粋であること。

永遠であること。

その二つを追求した結果、残ったものがプラチナであった。

だからDAVIDEにとって、プラチナは単なる素材ではない。

DAVIDEそのものである。

そして、ここからがDAVIDEの挑戦である。

プラチナは、純粋であり、永遠の象徴である。

美しく、上品で、高貴な素材である。

そのプラチナに、DAVIDEはあえて、相反する性質を与える。

「獰猛性」である。

純粋であるものに、獰猛さを。

上品であるものに、力強さを。

高貴であるものに、荒々しさを。

一見すれば相反する二つの性質を、ひとつのプラチナの中に共存させる。

それを高い次元で表現することこそ、DAVIDEが目指しているものである。

美しいだけではない。

上品なだけでもない。

高貴なだけでもない。

純粋で、永遠で、そして獰猛である。

その矛盾を、そのまま力に変える。

それがDAVIDEのプラチナである。

SAVAGE PLATINUM。

純粋なプラチナに、獰猛性を。

それが、DAVIDEである。

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