DAVIDEのプラチナは、ロジウム処理を施さない
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DAVIDEのプラチナには、ロジウム処理を施さない。
これは、DAVIDEがプラチナという素材に対して持つ、ひとつの明確なこだわりである。
プラチナジュエリーの表面には、ロジウム処理が施されることがある。
ロジウムは白く硬い金属であり、表面を覆うことで、より白く、より硬い表面に仕上げることができる。
ジュエリーを美しく見せ、日常の使用による傷を目立ちにくくするという意味では、合理的な方法である。
しかし、DAVIDEはその方法を選ばない。
なぜなら、DAVIDEが求めているのは、より白いプラチナではなく、プラチナそのものだからである。
プラチナには、プラチナの白がある
プラチナの色は、いわゆる「真っ白」とは少し違う。
わずかにくろみを含んだ、落ち着いた白。
強く主張する白ではなく、静かな深みを持った白である。
それは、ロジウムによってつくられた白ではない。
プラチナそのものが持っている色である。
ゴールドにはゴールドの色があり、シルバーにはシルバーの色がある。
同じように、プラチナにはプラチナにしかない白がある。
DAVIDEは、その白を美しいと考えている。
だから、より白く見せるために別の金属を表面に纏わせる必要はない。
プラチナは、プラチナのままでいい。
プラチナを覆わないという選択
ジュエリーは、傷がつかないことだけが価値ではない。
完璧に均一な表面だけが美しいわけでもない。
素材そのものが持つ表情を残し、時間とともに変化していくことにも、ジュエリーならではの魅力がある。
DAVIDEは、そこを大切にする。
だから、プラチナをロジウムで覆わない。
白さを足さない。
別の金属で表面を整えない。
プラチナそのものを、プラチナとして身につける。
それがDAVIDEの選択である。
「純粋」ということ
DAVIDEがプラチナに求めるもののひとつが、「純粋」である。
純粋とは、何も変化しないことではない。
傷がつかないことでもない。
外側を美しく整え続けることでもない。
余計なものを加えず、本質そのものを受け入れること。
DAVIDEは、そこにプラチナの美しさを見ている。
美しく、上品で、高貴なプラチナ。
その白さも、その重さも、その質感も、そして時間とともに刻まれていく傷も。
それらを含めて、プラチナである。
そしてDAVIDEは、その純粋なプラチナに、あえて「獰猛性」を与える。
傷を恐れないプラチナ
DAVIDEのプラチナは、傷のない状態だけを完成形とは考えない。
身につければ傷がつく。
それでもいい。
むしろ、その傷も含めて、その人だけのプラチナになっていく。
人生には、傷つかずに生きることなどできない。
それでも、自分の信念を失わない。
守るべきものを守る。
そして、前へ進み続ける。
DAVIDEがプラチナに刻むダビデ王の詩も、そのためにある。
だから、プラチナを傷から守ることだけを考えるのではなく、傷を刻みながら身につけていくことそのものを肯定する。
ロジウムで覆われた白ではなく、プラチナそのものの白。
傷のない表面だけではなく、時間を刻んだ表情。
それがDAVIDEの求めるプラチナである。
純粋なプラチナに、獰猛性を。
SAVAGE PLATINUM。
信念のため、守るべきもののため、獰猛であれ。